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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)7996号 判決 1964年4月11日

原告 久保商事株式会社

被告 関保夫 外一名

主文

被告関保夫は、原告に対し、金一三三万五二一八円およびこれに対する昭和三六年一〇月二六日以降支払済に至るまでの年五分の割合による金銭を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告に生じた費用は、原告と被告関保夫との間においては、その二分の一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告関清との間においては全部原告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、原告が被告関保夫に対し金三〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは各自原告に対し金一三三万五二一八円およびこれに対する昭和三六年一〇月二六日以降支払済に至るまでの年五分の割合による金銭を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求めると申し立て、その請求の原因として「(一)原告はその住居において「クラブ桃山」と称するカフエー営業を営むもの、被告保夫はクラブ桃山の支配人として昭和三五年一二月一日から昭和三六年六月三〇日まで原告に雇用されていたもの、被告清は右雇用につき被告保夫のために昭和三五年一二月一日原告との間に身元保証契約をしたものである。(二)被告保夫は、クラブ桃山の経営を原告から一任された支配人として雇用されたので、その雇用にあたつて原告に対し、クラブ桃山の従業者である支配人、接客婦らが自己の計算において飲食の貸売りをしたときは、その飲食代金について、また接客婦らに対し前貸金が交付されたときは、その前貸金の返済について、いずれも支配人たる被告保夫においてその保証債務を負うべきことを約した。ところで、同被告の計算において貸売りに係る飲食代合計額金二七万一八二三円、接客婦山田某外二名の計算において貸売りに係る飲食代合計額金二〇万六八八五円、接客婦森某外二名に対する前貸合計額金六一万二五五〇円であるから、右保証債務に基づいて被告保夫は原告に対し右合計金一〇九万一二五八円を支払うべき義務がある。(三)被告保夫はその雇用期間中しばしば使込をして合計額金一八万三九六〇円の損害を原告に与えた。ところが被告清がその身元保証人として昭和三七年二月一〇日右損害金の内金一五万円を弁済した。(四)原告は被告保夫に対しその雇用期間中数回にわたつて給与の前貸しとして合計額金二一万円を貸与した。(五)そこで、被告保夫は右(二)、(三)および(四)の各債務にもとづいて、被告清は被告保夫の右各債務の身元保証債務にもとづいて、各自原告に対し金一三三万五二一八円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和三六年一〇月二六日以降支払済に至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金とを支払うべきことを求める」と述べ被告の抗弁事実を否認した。立証<省略>

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する」との判決を求め、答弁として「請求原因事実(一)、(三)および(四)は認める。同(二)のうち被告保夫の計算において貸売りに係る飲食代合計額金二七万一八二三円、接客婦山田某外二名の計算において貸売りに係る飲食代合計額金二〇万六八八五円、接客婦森某外二名に対する前貸合計額金六一万二五五〇円であることは認めるが、その余の点は争う」と述べ、抗弁として「(一)原告の被告保夫に対する貸金二一万円の債権は、ただ名目上存するだけであつて、その実質は同被告において返済義務を負わないものである。すなわち、当時赤字続きの経営難に陥つていたクラブ桃山の建直し策として、よき接客婦を多数スカウトすることが要請され、支配人たる同被告の敏腕にふさわしいスカウトの実費支弁に充てるべく、その都度原告から交付された金銭であるところ、原告は同被告に対しその返済を求めない旨特約した。したがつて、同被告は右金二一万円の支払義務を負わない。(二)かりに、原告主張事実(二)に掲げる各金の支払債務を被告保夫が負つていたとしても、クラブ桃山の支配人事務につき同被告と後任の大友支配人との間においてその引継が行なわれたが、そのさい原告の実質的代表者である向山久雄も立ち会い、右三者間の協定により、前記各金の支払債務について、後任の大友支配人がこれを引き受け、同被告が免脱することとしたから、同被告の右支払債務はもはや存在しない」と述べた。立証<省略>

理由

(被告保夫に対する請求について)

被告保夫が原告の経営に係るカフエークラブ桃山の支配人として昭和三五年一二月一日から昭和三六年六月三〇日までの間雇用されていたところ、しばしば使込をして合計額金一八万三九六〇円の損害を原告にあたえたこと、同被告の身元保証人である被告清が原告に対し昭和三七年二月一〇日右内金一五万円を弁済したことは当事者間に争がない。したがつて原告は被告保夫に対し右損害賠償債権残額金三万三九六〇円の支払を求めることができる。

原告が被告保夫に対し右雇用期間中数回にわたつて給与の前貸しとして合計金二一万円を貸与したことは当事者間に争がない。右貸金債権につき原告は同被告に対しその返済を求めないことを特約した旨同被告において抗弁し、同被告の本人尋問の結果中これにそうような部分がうかがわれるけれども、右供述部分は証人向山(第二回)の証言ならびに原告代表者樫村の本人尋問の結果中これに対応する部分に照らしてにわかに措信しがたく、ほかに右抗弁事実を肯認するに足りる証拠は見当らないから、右抗弁は採用できない。同被告は原告に対して右貸金二一万円を返還すべき義務がある。

つぎに証人向山(第一回および第二回)、榎本の各証言および原告代表者樫村の本人供述をあわせると、クラブ、バー、カフエー等の風俗営業(この業界では好んで「社交事業」というらしい。)においては、客の接待にもつぱら努める女性従業員(接客婦のことであるが、これも「ホステス」と呼称するならわしである。)によきひとを大勢擁することが、何にもまして、繁昌の第一義的要件とされ、したがつてホステスの引き抜き(いわゆるスカウト)、その掌握などにつき異別の才能手腕を要するために、いきおい営業主はその使用人たる支配人の敏腕を期待してこれに経営一切を委せる傾向にあり、店の経営を一任された支配人は文字どおり経営管理者となつて、みずからホステスのスカウトに奔走し、営業主からホステスに給される前貸金の額や勤務日給(これは「保証」というようである。)の額などの待遇条件の決定はもとより、貸売りの範囲および額の調整等にも当るなどいつさいの釆配を振る地位と権能を有するが、その反面、自己の選抜に係るホステスが営業主から支給を受けた前貸金の返済ならびに右ホステスおよび支配人自身が自己の計算において貸売りに係る飲食遊興代金の回収につき営業主に対してその責任を負うこととした独特の組織体制をとつていること、右体制は、この種の社交事業においてはほとんど慣行として全国的に普及し、かつ、その職種階級に属する者らもまたなんら疑義をはさまず当然の職業意識をもつて受容していること、本件被告保夫は、クラブ桃山の支配人として、営業主原告からその経営を一任されたこと、同被告は右支配人の計算においてホステスの選抜、ホステスに対する前貸金や保証の額の決定、ホステスが自己の計算において客の遊興飲食代を貸売りすることにつきその範囲や額の規制などいつさいを処理していたことが認められ、右認定に反する証拠はない(ただし、同被告の本人供述中右認定にていしよくする部分はとらない。)から、特別の事情のないかぎり、原告と同被告との間においても、業界の慣行に従い、右組織体制におけるそれぞれ営業主と支配人との関係をもつて律することを、すくなくとも默示的に合意したものと認めるのが相当である。そして、同被告の計算において貸売りに係る飲食代合計額金二七万一八二三円、接客婦山田某外二名の計算において貸売りに係る飲食代合計額金二〇万六八八五円、接客婦森某外二名に対する前貸合計額金六一万二五五〇円であることは当事者間に争がない。そうすると、同被告は原告に対し右にいわゆる責任(保証債務とみるべきである。)にもとづいて右合計金一〇九万一二五八円を支払うべき義務を負つたというべきである。同被告は、抗弁として、右支払債務につき免脱的債務引受があつた旨を主張するところ、右主張にそうような同被告の本人供述は、成立に争のない甲第二号証の記載ならびにこれに照応する証人向山(第二回)の証言部分に対比してたやすく信用できないし、ほかに証拠もみあたらないから、右抗弁は採ることができない。

そうすると、同被告は原告に対して右損害賠償、貸金返還および保証債務にもとづいて合計金一三三万五二一八円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和三六年一〇月二六日(このことは記録上明らかである。)以降支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金とを支払うべき義務があるといわなければならない。原告の同被告に対する請求はいずれも理由がある。

(被告清に対する請求について)

被告保夫の右支配人雇用につき被告清が被告保夫のために昭和三五年一二月一日原告との間に身元保証契約をしたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第三号証の記載および被告清の本人尋問の結果によれば、被用者たる被告保夫の行為によつて使用者原告の受けた損害を賠償することを約する旨を記載したにとどまる形式的な文面(甲第三号証身元保証書)によるのほか右身元保証契約の内容をきめるもののないことがうかがわれるから、右は「身元保証ニ関スル法律」第一条にいう「身元保証契約」すなわち狭義の身元保証であるとみるべきであるところ、すでに認定したところにより明らかなことであるが、被告保夫の右支配人たることの任務は、いわゆる社交事業における独特の組織体制に由来するとはいえ、すぐれて重大であること、しかし、右任務の重大さにもかかわらず、原告使用者において被用者被告保夫の身元保証の立て方につきしかるべき関心ないし顧慮を払い、または相当の措置を講じたという事蹟をうかがうに足りるものがないこと、さらに被告両名の本人尋問の結果に本件弁論の全趣旨をあわせると、被告清は、その長男である被告保夫から本件身元保証を依頼されたが、その職種、地位、責任などにつきさしたる理解も認識もないのに、気軽な依頼にいとも安易に応じ、すでに押印のみを残しただけで整備しつくされた身元保証書の内容を検討することもなく当然の予定のごとく押印したまま返すといつた機械的形式にしたがつただけであり、原告使用者側とは、同被告の使込が警察沙汰となつた期に及んではじめて面接した程度の接触しかなかつたところ、右使込によりひとたび同被告が業務上横領等の被告事件の追訴を受けて法廷に立たされるや、ひたすらその刑罰の執行猶予を願い、地方団体の常傭道路工夫を勤めて生活能力、経済力ともにみるべきもののない老躯をもつて奔走し、辛うじて借金一五万円を工面して、右使込による損害賠償額金一八万三九六〇円の内金一五万円の弁済に充てたことが認められるから、右認定の這般の事情を斟酌して、被告清の本件身元保証にもとづく損害賠償の責任は、右内金一五万円の弁済をもつて、これを果したものと解するのを相当とする。したがつて、原告の同被告に対する請求は失当たるを免れない。

(結論)

よつて、原告の被告保夫に対する請求はすべて正当として認容し、その余の本訴請求は棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中川幹郎)

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